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糞おもしろくもない自分話(その4)

とゆーワケで、ペー太のレビューへの補足も含めて、言いたいことは山ほどあるのですが、近況やら自分の性癖やら思ってることやら、たぶん皆様には何のメリットもないであろうことをグダグダと書き連ねやがりましたので、拍手コメントへの御礼とともに以下に収納です。


大晦日と予告しながらここまで遅くなってしまったペー太のレビューへのお詫びです。
待っててくださった皆様、本当にゴメンナサイデシタ。
1月半ばまでは首が回らないほど忙しかったのですが、実はそれからの2ヶ月間はオフでした。1日につき平均5時間程度の私用はあったものの、24時間中19時間を自由に使えるという、とても贅沢な2ヶ月間を過ごさせていただいたわけですが、ここ数年間多忙にかまけて疎かにしていたアレコレを、一挙にいろいろとたのしんでしまいましたので、まあなんと言いましょうか、充実しずぎで、自分が元来かかえているセカイへの不満なぞなぞというものはモノノミゴトに銀河の彼方方面に隔離されてしまい、無意識下まで押しやられたソレは意識上の幸福感・充足感に食い潰されてしまったようです。
まあ、漫画は無論読んでいたのですが、レビューしようという気がさらさらなかったため、何も書いてませんでしたし、それよりも、一日に7時間寝たり、1~2泊程度の旅をしまくったり、散歩したり、植物園やら動物園やら博物館やらプラネタリウムやら海やら森林やらにオデカケしたり、人と逢ったり人と逢ったり人と逢ったりセックスしたりセックスしたりオナニーしたりセックスしたりしてました。
時間がたっぷりあったので大好きな料理にも身が入りました。時間がないとついつい煮物やサラダばかりになっちゃうのですが、久々に贅沢三昧でシアワセでした。心に余裕があると、唐突にいろいろなことが浮かんでくることが多くて、飯つくりながら料理漫画のことを思い出したり。私の超大好きな一般漫画家のひとりである『黒田硫黄』の最高傑作は何があろうと『大日本天狗党絵詞』だと思ってるんですが、折り込み部分にあったオリジナル版のアレが新装版には載ってないのデス(涙)。と、それはおいといて、『黒船』収録作品の『肉じゃがやめろ!』がとにかく個人的に最愛で、私の餃子は薄力粉をほぼ使わず強力粉にラードと卵黄を加えますが。通常は蒸し餃子なので、具は、基本、豚挽肉・白菜・青梗菜・干し椎茸・筍・蓮根・葱で、青梗菜と葱と戻した椎茸だけは先にごま油で炒めて塩をふっておきます。下味は酒・中華ガラスープの素・八角・黒胡椒・ごま油・ラー油。焼き餃子なら韮と大蒜も加えます。無論、バリエーションはいろいろ。スープ餃子にする時は絶対に卵でとじるのでした。
タイカレーもマレーカレーも北インドカレーもネパールカレーも大好きだけど、チキンカレーとキーマカレーが特に大好物。基本的にスパイスも大蒜・生姜・唐辛子・ターメリック・クミン・コリアンダー・ガラムマサラの配合率を変えるだけで、実に魔法的なバリエが楽しめるのです。無論、具によってはグリーンカルダモンやオールスパイスなどを加えることもありますが。スープは鶏ガラやスペアリブなどにセロリ・人参・玉葱などの香味野菜を2~3時間程度コトコト煮ると素晴らしいことになっちゃったり。茄子やほうれん草+チーズなどのベジタブル系のカレーのときはトマトを入れることが多いけど、肉カレーなら入れずにワイルドな風味に仕上げるのが好みですね。仕上げに醤油とウスターソースを入れるとなお吉。無論、チャパティーを焼いて食すが、たまに干しぶどうやら野菜やらを大蒜バターで炊き込みにすることもあるようです。
基本的には、二つの中華鍋だけでほとんどの料理をつくることが多い私です。
コレ読んでたら予想通り『安田弘之』が読みたくなってデビューから読み返しましたがやっぱり『ちひろ』が最高なのでありますよ。そのあと何の脈絡もなく『オノ・ナツメ』が読みたくなり『五葉』はめっさステキだったけど、やっぱり私は『not simple』に胸をやられます。
って、逸れまくりましたが。まあ、途中で、せめて月記でもとか思ってはみたものの読書記録をいっさいとってなかったので、1日経ったら本の内容なぞほとんど忘れてしまう、所謂、老人であるところの私にはどーにもならず、断念するしかなかったのですが。
オフも終わり、3月中旬から忙しくなって、きっちりと時間をとって外に出かけるみたいなことが自由に出来なくなってしまうと逆に短い時間を有効活用したくなり、再びペンをとったみた次第です。
これから先、10月の中旬くらいまでは、ブログ的にほとんど何も出来ない状況になってしまうと思われますので、出来るだけこの機会にいろいろと書きたいなあとも思ってはみたのですが、まあ、やっぱりというかちょっぴりしか書けませんでしたが。
さておき、今後はもう予告なぞ出来ないなあ、と身を以て実感した次第なのですが、もう歳をとりすぎて性的にピークを過ぎてしまってることもあり、いくら大好きな成コミを読んでいても生半可な本ではちんちんが反応してくれないという、何ともレビューアーとしては終わってるじゃん?オレ的な、情けないけど致し方ないところまで来てしまっていることだけは紛れもない事実なのでありました。
ぶっちゃけ、1日1回のオナニーで充分足ります。
セックスですら3回したらもうオカワリいりません。
45歳くらいから急激に射精力が低下し、10秒程度で射精が止まってしまうようになってしまったのでした。
二度目のセックスへの移行にも時間がかかるようになり、インターバルを30分は空けないとちんちんがもちません。
オナニーしても顔を飛び越し壁まで飛んでく時代はとうに終わりを告げ、顔まで飛ぶことすら稀です。
先日も3度目のセックスが2時間を優に超えてしまい、情けなさの極地を顔に出さないことだけに全神経を使用するという事態に陥りついに、♂としてもう、ゆるやかに死んでゆく時代に突入してしまい元には絶対戻れないことを痛切に実感した次第なのでありますですはい。
皆様はお若いうちに力の限りステキなセックスをたくさんたくさんしてくださいましね。無論、キリスト教的な意味でのセックスではなく、現代社会的な意味でのあらゆるセックスをという意味でのソレです。
まあそんなワケで、性的にもうほとんど終わってるヤカラが成コミのレビューなぞたれててよいものかと自問したりしてみるわけですが、やっぱり自分の人生を支えてくれた素晴らしい名作くらいは、すべては無理でもちょっとだけ粘って紹介させていただけたらなと思っております。
さておき、毎年年末になると次の1年の目標をたてたりしてる私なのでありますが、昨年末は遊びすぎてそれどころじゃなかったため、1月中旬に目標をたてたりしたのでしたが、ぶっちゃけそのほとんどがほとんど破綻してしまっているため、大幅な軌道修正を余儀なくされたのでありました。
でもって今年の目標です。
1 自分のリアルを何より大切にする。→これだけが今のところ最初にたてた目標の中で唯一守られてます。何かに縛られることなく目標もたてず、その場その場で自分が大切にしたいことを最優先するという、本来の自分らしさをレビューを辞めたことによって取り戻せたということは、何とも皮肉な気もしますが。まあ、やっぱりひとのために生きようなんていうそんな安易な生き方はどだい私には似合わなかったということで、霧恵マサノブありがとう♪というところです。
2 本の整理をする。→ぶっちゃけ難しいです。とりあえず成コミと未読分の本だけはなんとかリスト化したいと思ってたのですが、まだまだ試練の道は続いております。
3 積ん読を減らす。→ぶっちゃけ無謀でしたので積ん読を少しでも増やさないようにする、にしようか思いましたが、思いっきり迷ってます。結局、これに縛られるとほかの事が疎かになるので、これは目標にしない方がいいのかもしれません。ちなみに、今年の1月から3月までの3ヶ月間で購入した本は560冊で、その間に読んだ本は469冊なんですが、実は再読の本が152冊含まれているため、積ん読解消はマイナス243冊なのでありました…。それでも昨年よりはかなりマシなペースですけど。
4 満遍なく読書する。→成コミばかりに偏りすぎていた読書域をもとに戻そうという試みですが、なかなか難しいです。一般漫画はそれでもかなり消化できたのですが、小説や論文の類はあまり消化できてません。まあ、もうちょっと頑張りたいところですが、成コミの読書は無論ますます遅れてゆくことになるでしょう。何せ3月以降の発売分をまだ3冊しか読んでない私ですから…。
5 年6本のレビューをする。→無理でした…。2本を目標にしたいと思います。
6 月1回は雑記を書く。→無理でした…。とりあえず目標から外します。
7 去年のマイベストを完成させる。→いちおう昨年購入分の成コミ新刊は読み終わりました。途中で完読を断念した本も数冊ございますが、それはそれで仕方ないことだと思ってます。上位方面のランクには変動はございませんが、とりあえず何とか年末までには…。
8 きっちり書ききれてなかった過去のレビューの手直しをする。→無謀な気がしますが、今年とは言わずともいつの日か何とかしたいです。
とまあこんなカンジで目標をたてたのですが、無論1に関してはいろいろな目標がたてられているのですが、すべてこのブログとは無関係な自分方面の事柄でありますがゆえ割愛させていただきます。
まあレビューをしなくなったので喫煙の本数は大幅に減り、当時60本だったのが25本程度まで減りました。ちょっとペー太とこの雑記を書いてるせいで現在は多少増えてますけど50本は超えてないようです。でも1本当たり2.3㎎だから相当の毒量なんですけどね。
ついでに飲酒も辞めました。というのはウソで、ついでではなく、すげー自分にムカツイタので禁酒しました。私は自分方面に於いて酒を飲みたくなることってほとんどないのだけど、こと他人方面のことになるとガックリして、あるいは感激して、ついつい痛飲してしまったりするのが、なんだかとっても情けなくて、期限付きでついに禁酒とあいなりました。昨年の12月にKenyの本を読ませてもらって痛飲したのが最後になりました。実はほぼ同時にもうひとつ物凄く哀しくなった事件があったのですが、本当は書いてはいけないことと知りつつも、やっぱり有耶無耶にするのは苦手なヤカラですので、書かなきゃいけないかなと思います。

まあ私は某所でレビューなぞいたしていた人間だったワケですが、自分らしいものを書きたいとブログに移行してからもやっぱり自分を育ててくれた出発点ですから疎かにしたくないというのがありまして暫くは並行してやろうとあがいてたのですが、レビュー人生の最後に必ず全作レビューをやりたいと思っていた作家様がまだ何人もいて、何が何でもこれだけは絶対に譲れないというところでトリは『山本直樹』・ラス前は『伊駒一平』と心に決めてたのですが、『堀田 第3巻』『キャスター亜矢子・完全版』と、その代表作がことごとく存在自体を抹消されるという無差別的差別を繰り返す媒体には、もう憤りなど通り越した哀れみにも似た感情さえ生まれてきてしまうに及んでは、ついぞ筆を置くくらいしか抵抗するすべはなかったのでありました。
誰がどんなに叫んでも差別がこの世からなくなるには人類の歴史はまだ浅すぎますし、ヒトという生き物がかかえた遺伝子という名の爆弾は、そう易易と解除できる類のものではないことくらい重重承知の助でございますが、無差別的な差別行為だけは断固反対です。
とゆーワケで期限付きの禁酒を自らに言い渡した私ではありますが、条件さえ整えば、また美味しいお酒をちょっとは飲みたいかなとか思ってもいます。
でも禁酒はカラダにいいから、別に実現しなくてもいーんですけどね(笑
でもって、禁酒を解くに値する必要条件を考えてみました。

01 掘骨砕三が下水街の続きを描く。鉈川紘の単行本が発売される。無論、閉暗所愛好会を凌駕するような物語も描いて欲しい。当然、クロマルの第2部も。
02 佐原秀和がうめやしきみつよしな精神方面のSM哲学系エロ漫画を再び描き始める。
03 天童一斗が氏賀Y太な猟奇漫画を再び描き始める。
04 ぐんぱんが白井薫範なハードSM百合漫画を再び描き始める。
05 みかんRがネンイチペースで単行本を出せる時代が来る。
06 玉置勉強が東京赤ずきんなエログロ漫画を描く。無論、旧一水社方面な作風でもよい。
07 奴隷ジャッキーが凌辱回廊を超えるようなどーしよーもなく痛い長編を描く。無論、危さんの2巻も観たい。
08 天竺浪人がPARADISE LOSTの続編を描く。
09 きあい猫が恥辱をのりこえ自ら淫猥に輝いてゆく女性を前面に押し出した露出劇をビシバシ描く。
10 くろがS男とM女の出逢いからはじまる真のSM調教劇を大長編でビシバシ描く。
11 霧恵マサノブの描く大河人間ドラマをもっともっと観たい。
12 乱満の秘密の基地で×××の続編が観たい。
13 A・浪漫・我慢のくわがたの続編が観たい。
14 服部ミツカの獣姦漫画がもっともっともっともっと観たい。でもカルトはもっと観たい。
15 栗田勇午の獣姦漫画がどーしよーもなく観たい。
16 蒲郡りょうの殴り愛漫画がどーしよーもなく観たい。
17 SOFTCHARMのハード百合漫画をもっともっと観たい。
18 蜈蚣Melibeのバージェスの乙女たちを商業で再開して欲しい。
19 土肥けんすけに復活して欲しい。
20 狩野ハスミに復活して欲しい。
21 近里みちるに復活して欲しい。
22 天風光成に復活して欲しい。
23 雨がっぱ少女群に復活して欲しい。
24 吉天レンゾウに復活して欲しい。
25 MO・M Oに復活して欲しい。
26 ピクピクンに復活して欲しい。
27 町野変丸に復活して欲しい。
28 Kenyに復活して欲しい。特に蟲で。
29 粗雑那絵に復活して欲しい。特にカルトで。
30 香愁に復活して欲しい。特に長編で。
31 月角に復活して欲しい。
32 桃山ジロウに復活して欲しい。脱力系以外で。
33 畔地潔地に復活して欲しい。極悪非道系で。
34 松任知基に紙媒体でカルトな漫画を描いて欲しい。
35 米倉けんごに復活して欲しい。いつの日か今村夏央なファイヤーキャンディをやっつけて欲しい。
36 竹村雪秀に本気でシリアス一般を描いて欲しい。
37 琴義弓介に本気でシリアス一般を描いて欲しい。
38 伊駒一平にくだんのあまっ娘さえちゃんの大河ドラマを無理を承知で描いて欲しい。
39 最低限、二次元において表現の自由が束縛される時代は終わって欲しい。
40 ポルノが解禁されること。

とまあ、欲張りすぎるとアレですので、ちょっとだけにしてみました。
お休みしてる間に『大塚弘樹』と『舞大夢』が復活してくれたので少し減らせましたけど。
全部かなったら美味しいお酒を飲みたいと思います。

実を言えば3月中旬からはまったくと言っていいほど成コミを読んでないのですが、書くことに時間を回したので、それはそれで致し方ない、とゆーより楽しかったです。
それでも2ヶ月間はかなり本を読めて、自分自身の読書を縛らなかったせいで、けっこう過去の名作とかも読み返せたし。勿論、昔の映画とかも。
毎日なけなしの時間のなかでレビュー書いてたのも、それはそれでたのしかったですが、1冊読んで何かを閃いたとき、本来ならその閃きで連鎖的に読書などをすべきなのに、時間がないから次の成コミにというのは、やっぱり自分的にけっこうきつかったのもたしか。
今回は時間があったのでけっこうそんな読書法がたのしめました。
たとえば、LeviATaNとルー=ガルーを読んだらクリドラ読みたくなっちゃって1巻から読み返したりとか。いや、だって海神もルー=ガルーも登場しますからね、クリドラには。でもアリアンロッド萌え~(笑
たとえは、同窓れいどを読んだらBLACK BRAIN読みたくなっちゃって1巻から読み返したりとか。初の成コミは、やっぱり過去を知ってる分、物足りなかったなあ、とか。
たとえば、最後の性本能と水爆戦読んだら、ますむら・ひろしの宮沢賢治選集読みたくなっちゃって、同じかま猫でもここまで違うというところに凄さを感じてはみたものの、やっぱり原作に忠実すぎて、ますむら・ひろしはヒデヨシがいなけりゃとか、宮沢賢治はやっぱりまそのままの文体で読まなきゃダメじゃんとか。結局、道満晴明の凄さを思い知るハメに。ってか、獣姦漫画はけっこうあるけど獣×獣ってのはなかなか拝めないんじゃないかな。とかゆーこともあるけど、いちばん心に残ったのはますむら・ひろしの後書きで、作家の露出度に関する記述がとても共感できたこと。その作品を語るうえで露呈されている作家の身の上状態とか知り得ると、読書の楽しみは大きく膨らむわけだけど、いまのアダルト作家様って全員が全員ってわけじゃないけど、けっこう自分自身のことを語ってくれる方も増えてきていて、読書に付加価値がついてきて、とても嬉しかったりします。
まあ、無論、作品以外は一切魅せたくないという方もおられるわけだけど、作品的にほとんど同レベルなら、やっぱり私は自分を垂れ流してくれる方の作品を選んじゃう。
個人的に超大好きだからあえてケチつけるけどLowなんて相変わらず、自分には後書きを書くのが苦痛であるということだけで後書きをまとめている始末だし(笑
何も書いてくれないよりはマシなんだけどね。
そんなことも含めて、作家を好きだということは、無論、単純にその作風自体が大好きという方も多くいるわけだけど、後書きや雑誌やらのコラムや対談や、HPなどで、個人としての意見や思想を語ってくれるところから来る場合も多いのです。
たとえば、山本直樹をはじめとして、日本の二次元創作世界の表現の規制に対して闘いつづけてくれている方々には、やっぱり頭が上がらないし、自分自身が安全でいたいからちょっと消しが小さめだと回収しろと文句をつける作家様がおられたとしても、それはそれで仕方ないことだと思うけど、だけどやっぱりそれでも私は、「消しデカすぎ~!こんなんじゃアンタんトコでは描かんぞッ」などとブッて、結局出版社から乾されることになったアホな作家様の方が大大大好きで、自分本位じゃなくてファン本位だからこそ打たれる、そんな作家様方のサービス精神が好きすぎる。彼女はいま紙媒体で描けずにケータイ向けにしか描いてないけど、思えば自分の単行本が超古い初期作品の寄せ集めだったからといってセルフヌードなカラーポートレートまで掲載してくれた強者だったなあ、とか。
自分の漫画をWebで垂れ流して全部読ませてくれた作家様なんか、実はその作品が嗜好から大きく外れていたとしても、やっぱり買っちゃうし。

話が横道に逸れすぎました、ゴメン。
ところで、私は、やっぱり性を扱う本の紹介をするいじょう、自分自身の性癖くらいは暴露しなきゃいけないのかなと、最近になって思うようになりました。
まあ、ちょっとずつは垂れ流していましたから長いこと読んでくれてた方ならそこそこバレてはいると思うけど、できるだけ中立的な立場から評価したいというのがあって、イマイチ伝わってないかもなので、一気にやってみようかなと。

まず二次元と三次元では趣味が若干異なります。
特別に苦手な絵柄というのも稀にはありますが、基本的にはほぼ雑食。でもど真ん中がコミックタッチからやや艶よりのコミックタッチあたりまでなので、かなり萌え絵だったり極端に劇画だったりするものは、やや苦手。
三次元での年齢のストライクゾーンは二十代後半以上ですが、稀に十代の方でも反応する場合があります。二次元では年齢に関して一切こだわりはありません。その作家様の特性が活きているなら無問題。
組み合わせ上の好き嫌いは特にありませんが、母子のみ大いに苦手です。これはもうトラウマが大きすぎるんでどうしようもありません。ただし、漫画としておもしろければ漫画としてたのしめます。抜きツールになることはほぼありませんが。
特殊キャラクターも同様にほとんどの場合は無問題ですがフタナリだけは若干苦手。人間なら人間で見られますし幻想ならそれでいいんですけど、位置的にとてもビミョー。無論、インターセクシャルとしての半陰陽=性分化・発達障害をもつ人々をシリアスにとらえた作品(『ニライカナイ』の『楽園』など)なら大好きですが、それを形だけデフォルメされると、あまり乗り気にはなれません。ハナからフタナリです、って登場されちゃうと何とも難しいものがあるのですが、たとえば、伝染病でまんこができちゃってフタナリ化した少年(『掘骨砕三』の『ないしょ!』など)とか、呪いにかけてちんちん生えて女の子がフタナリに(『掘骨砕三』の『呪いの人形』など)とか、種の適応能力でクリがちんちんになった(『RIKI』の『SMILE CAT』など)とか、男同士で恋をしたから魔法でフタナリ化(『しいなかずき』の『大切な気持ち』など)みたいな必然性がきっちりあればファンタジーとして読めるので全然問題ありません。まあ、何れにしても作品が素晴らしければ無問題ですが、リアルとしての障害者が近くにいすぎてキツイものもあります。ようするにフタナリってファンタジーじゃないし本人にとってはとても深刻な問題だったりするのですから。
性行為の属性としては、ラブコメ以外はほぼ無問題です。エロ漫画じゃなければラブコメも好きですが、ことエロ漫画で愛を軽々しく扱うなら、かえってやりたいだけの方が好みです。個人的に、本気のセックスしかしたくないし、愛がなきゃセックスできないタイプなんで、ゴメンナサイ。
容姿に関してはリアルでは相当に選り好みが激しい方ですが、最終的に恋人として選ぶのは、結局、容姿と無関係なところなので、ほとんどどーでもいいんですが、ロリならともかくイイトシコイテ無毛症はさすがにキモイです。あと、人工オッパイに見えちゃう、まったく垂れてない巨乳もちょっと苦手かも。無論、これらも人外なら無問題。
特に大好きなのが純愛と鬼畜です。どちらもゴッコ的なものなら、やはりかえってやりたいだけの方が好みです。
純愛では特に特別に選ばれた者しかたどり着けない系の作品が好きです。強い愛情がないと到達どころか入り口すらこじ開けられない、SMが、二次元三次元ともに最高に好きです。そのなかでも主従関係・相互食糞・節足動物プレイ・無脊椎動物プレイ・露出調教などが大好物。肉体的苦痛をともなうSMも無論好きですが、それいじょうに精神的苦痛(恥辱・屈辱)をともなうSMが大いに好きです。SM以外でも純愛系はすべからく大好きです。特に、世界にふたりだけ系とか。異世界生物間・異生物間純愛系も然りです。
鬼畜では、強姦・改造・解体などの犯罪系が大好きです。よーするにこちらはリアルで体験することが不可能に近い作品が好きです。ああ、でも犯罪系といっても売春だけは可能ですね、個人的に。十代の頃は私も春を売って小遣い稼いでましたし。ともあれ、鬼畜系は中途半端だとまったく燃えません。完膚無きまでにむごたらしい作品が好きです。ただし、そこに男女の心情が一切映し出されない類のスナッフムービー的なものだけは喰えません。エンタメ的に、あるいは心情の変化などを意図的に魅せたタイプのスナッフならば別ですが、それをスナッフというのかどうか私にはわかりません。無論こちらも人外可能ですが、いずれにしてもダークに徹しているものはあまり多くないですね。
エロコメが大好きです。バカならバカなほど、より大好きです。
シリアスなエロが大好きです。こちらも同様に、よりシリアスなものを好みます。
ロマンチックな作品も大好きです。男と女が紡ぎ出す心と肉体の調和なドラマが大好きです。
アンチロマンな作品も大好きです。男と女がただ真剣勝負で欲望をぶつけ合うだけの、そんなドラマが大好きです。
性愛にしろ漫画にしろ、そこに感動がある作品が大好きです。少なくとも性愛に限れば、自分がかつて体験したリアルでのセックスよりキモチヨクなさそうなのは、まとめて全部アウトです。
ちんちん系とかまんこ系とかは要りません。
ヘタな流出ビデオみたいなのも欲しくないです。
表情やシグサで語ってくれる作品が大好きです。
漫画展開とエロシーンの間に齟齬が大きいものは苦手です。
童貞ものと処女ものは、あまり好きではありませんかが、作品の流れを損なわないならほとんど気になりません。
中出しとか、外出しとか、ぶっちゃけどーでもいいです。作品の流れに合ってればどちらもまったく気になりません。
基本的には、生挿入して欲しいです。二次元ファンタジーでゴム姦するからには、作品のテーマがそれなりにきっちりしていてくれないと許容できません。
ちんちんとまんこのぶつかり愛は無論のこと、肌と肌、肉体と肉体のぶつかり愛に、よりしびれます。少なくとも純愛系でスッパじゃないとガッカリしますが、稀に物語のなかでコスプレイがミゴトにハマってるものもあり、一概には言い切れないものもあります。
挿入行為そのものよりも、前戯や後戯をしっかり描いてくれてるものにシビレます。さらに挿入中もお互いのカラダを貪り尽くそうとするような作品が大好きです。
オルガズムが一致するものが大好きです。男女のイキ顔がきっちり描かれているととてもグッときます。どちらか一方しかキモチヨクなさそうだとキモチヨサも半分です。無論、鬼畜系なら被害者にオルガズムがない方が断然大好きです。
ただし、上述の内容を無視してもかまわなくなるほど素晴らしいと感じる作品はありますので、無論、あくまでも基準としてのそれです。
それいぜんに、漫画として読んでるわけですから、漫画として感動できるなら無問題です。ただし、いくら漫画としてステキでも、ちんちんがまったく反応してくれないと抜きツールとして使用しませんから、いずれは段ボールに入ってしまうことが多いです。
本棚に飾れるのは、漫画とエロの両面から私をたのしませてくれる作品集に限られます。
あくまでも漫画が最優先ですが、抜けない成コミは要りません。
『氏賀Y太』や『駕籠真太郎』で抜けるのか?という疑問はあると思いますが、グロければグロいほど個人的には抜けます。
とまあ、こんなところでしょうか?
まだまだあるような気もしますが、おおよそは書けたんじゃないかなと思います。
ちなみに私は、チビで腹出てて(昔は出てませんでした=笑)、上の前歯が4無くて(小学生の時からありません。差し歯は2度壊れてもうやめました。まあ、性的な意味だけでも支配下から抜け出せた勲章みたいなものですので、誇りでもありますが、笑うとかなりマヌケです)、そのうえヤニでまっ黄っ黄で、やや上向きの鼻の穴からよく鼻毛が出てて、しょっちう「オヤヂ触手出てる~」とかからかわれて、首が太短くて、目つきが悪くて、生まれてから一度も床屋に行ったことがない(幼少時は親・小5から自分で切ってます)髪はボサボサの短髪で、かなりのレベルなブ男で、脂ぎってて、肌カサカサで、ちんちんは普通サイズで、夏はタンクトップかTシャツ七部パンツ・寒くなったらジャージとトレーナーに15年前に買ったジャンパーと12年前に買った土方ズボンくらいしか服をもってなくて、すべてはほぼボロ雑巾レベルという、よーするに、世間一般的には絶対モテナイ代表選手というナリなのでありますが、世界はマニュアルじゃありえないので、それでもそこそこモテマスから、私よりマシだと思われる方は、絶対にステキなカノジョサマ(カレシサマ)に巡り会える可能性アリアリデスヨ。

また、某所でのレビューを含めて、自分がレビューするうえで、念頭に置いていたことっていうのぱ、それほど多くないので、この際きっちり書いておこうかなと。
まず第一に、次の単行本を100%購入すると決めた作家様の作品のみレビューする。
その手のものが好みじゃない方にまで間違って購入させないようなレビューを書く。
作者が直接的に訴えようとしたことと間接的に訴えようとしたことを、自分自身がどこまで読み取れたかというところから書く。
ファンレターのキモチで書く。
とまあ、実はこれだけでした(爆

さておき、個人的には、漫画は日本が世界に誇れる偉大な文化だと思ってますし、成コミはそのなかでも特に人間のもつ本質的な部分を描けるという点で、個人的にストライクになる可能性がもっとも高い読み物なのですが、その成コミも成コミであるがゆえ、多くの縛りが存在し、本来表現できるはずの可能性の芽を自ら摘み取ってる部分が、なんとも歯がゆかったりします。
よく人間に必要なのは衣食住と言われますが、あくまでもそれは現代社会がつくりあげた文化に基づくもので、人間の本質は他の動物たちとまったく変わらぬ、性欲・食欲・睡眠欲・排泄欲という遺伝子に書き込まれた四大欲求から成り立っているとつくづく思うのですがどうでしょう。
そのなかでも性欲は、種の保存という意味で、あらゆる動物にとって大切な意味合いをもっているはずなのですが、人間は唯一動物のなかで、セックスをしないことも選べる生き物ですし、子作りのためじゃなくてもセックスできるという特異な生物でもありますから、その特性を大いに活かし、恩恵を無駄にしないよう、素晴らしいセックスライフを皆様が送ってくだされば、それこそ幸いなのでありますよ。

でもって、人のセックスの可能性について、いろいろと述べたいことがあるのですが、それをやるにはとても時間がかかりそうですので、今回はその前振りとして、人と動物の違いと人と動物の共通点というところから、ちょっとだけ語ってみたいと思います。
まあ、持論だけでもよいのですが、せっかくレビューアーなぞやっておりますし、この際、本のレビューというかたちでひとつ。

なぜなんだか実は私もよくわからないのですがペー太を読むたびに読み返したくなる本があります。
読み返したくなったからといって、いつでも読み返せるワケじゃないので、読み返したのは相当に久しぶりでしたが。
ちょっと古い本なのですが、そんな本の紹介です。
進化生物学を社会学的に斬った本なのですが、記述に関しては相当に古いため学説的には現在の主流と異なってしまってる部分も多々あることを承知で、出来うる限り原文を尊重したかたちでレビューさせていただきます。
無論、これはエロ関係の本ではございませんので、興味のある方だけどうぞ♪



J・ダイアモンド(訳/長谷川眞理子・長谷川寿一)『人間はどこまでチンパンジーか? 人類進化の栄光と翳り』新曜社
ISBN4-7885-0461-8 1993年10月1日発売




                      ヒトという種が、短い間に
                  単なる大型哺乳類の一種から世界の覇者へと
                       どのようにして変化し、
                     また、その進化を、一夜にして
                       ふいにするような能力を
                  どのようにして身につけることになったのか

【プロローグ】

人間のユニークな特徴として、話すこと・書くこと・複雑な機械を作ることがあげられる。生活してゆくために素手ではなく道具に依存。ほとんどの人間は、衣類を身につけ、芸術を愛好し、また。多くの人間は宗教を信じている。
また、人間はダークな行動面でもユニークである。ジェノサイド嗜好・拷問好き・有毒物質中毒・何千という他の種を絶滅させたことがその例。
コモンチンパンジーおよびピグミーチンパンジーと、人間の遺伝子プログラムは98.4%同じである。それは、アカメモズモドキとメジロモズモドキのように非常に近縁な2種の鳥の間の距離(2.9%)よりさらに小さい。

今日、ヒトが種としての生物学的成功を成し遂げたのは、そのユニークな性質の恩恵。ただし、そのユニークな性質のうち次の2点が私たちの存在自体を危うくしている。
互いに殺し合う性癖と、環境を破壊する性癖。

人類の進化とその来るべき絶滅。

ヒトとチンパンジーがその祖先から分岐したのは、およそ700万年プラスマイナス数百万年。
中でも特に重要なのは、脳容積が増加したことと二足歩行に伴い骨格にもろもろの変化が生じたことと、そして頭蓋の厚さ、歯の大きさ、顎の筋肉が縮小したこと。
脳容積の増加はヒトの言語能力や発明の才の発達の前提条件だった。
にもかかわらず、いくら経っても、石器は非常に稚拙なまま何の変化もなくとどまっていた。

クロマニヨンがネアンデルタールにとって代わるまでは。

【第1部 単なる大型哺乳類の一種 第1章 3種のチンパンジーの物語】

解剖学でも考古学でも解明できなかった、人類の分岐の瞬間の謎は、分子生物学の台頭により、ヒトの誕生を約700万年と推定することに成功する。それはDNAのもつ遺伝子情報を比較することによって得られた解である。

コモンチンパンジーとピグミーチンパンジーの遺伝子プログラムの違いは0.7%。
ヒトとピグミーチンパンジーおよびコモンチンパンジーとの遺伝子プログラムの違いは1.6%。
ヒトおよびピグミーチンパンジーおよびコモンチンパンジーとゴリラとの遺伝子プログラムの違いは2.3%。
オランウータンは3.7%。
テナガザルは約5%。
旧世界ザルは約7%。

コモンチンパンジーとピグミーチンパンジーの違いはかすかのようにみてとれるが、そのわずかな違いは、性の生理や性的役割という点について、ピグミーチンパンジーの方がよりヒトに近い。
非常に長いサイクルとはいえピグミーチンパンジーに発情期が存在することから、分岐した当時はヒトにも発情期があったと私は推測。

分岐分類学上、チンプとヒトが別の科に属しているのはおかしいと熱弁をたれてる著者ですが、現在ではゴリラも含めて同じ科員であるとするのが主流なので報われてます。個人的にならオランウータンも仲間にいれてあげたいけど…。

最後に、チンパンジーで動物実験を行うことに対する倫理的ジレンマを、絶滅種だからではなく同胞だからという著者のスタンスを熱く説いてこの章を結ぶのですが、このくだりに胸ときめくものがあった方は、だったらマウスなら好いのか?ということも少しだけ考えていただければ幸いです。
チンプはたしかに私たちの兄弟といえる大切な同胞だけど、あらゆる生命もまた元をたどれば私たちの祖先から産まれてきたんだし。

【第2章 大躍進】

ヒトが類人猿の系統から分かれてから何百年の間というもの、人類は、その暮らし方において、ちょっとばかり立派なチンパンジーにすぎなかった。ほんの4万年前でさえ西ヨーロッパは、芸術も進歩もほとんど持ち合わせていないネアンデルタール人によって占領されていた。ところが、クロマニヨンという名の解剖学的にみた現生人類が、進歩を携えて出現、突如として変化がおとずれほんのわずかの間にネアンデルタール人は姿を消すことになる。ヨーロッパに起こったこの大躍進はおそらく、それに先立つ数万年に近東やアフリカで起こっていた同様な進歩のひとつの結果。ヒトが歴史上で人間と呼べるようになった瞬間というものがあるとすれば、それはこの大躍進のとき。ヒトが動物を家畜化し、農業と冶金を始め、文字を発明するまでには、あとほんの数万年の時間が必要なだけというところにいきなりたどり着いた瞬間。
人類を他の動物から分かち、埋めることのできないギャップと思われるものをもたらした文明の記念碑の数々、『モナ・リザ』『交響曲英雄』『エッフェル塔』『トプートニク』『ダッハウ収容所の焼却炉』『ドレスデン空襲』に至るまで、ほんの数歩の大躍進。

さて、地球上に生命が誕生したのは数億年前という件がこのあと出てくるんだけど、最初の生命の誕生(非生物的生物を含まない狭義の生命の起源)というロマンなテーマで、原始地球の海に溶けた有機物の化学進化を通じて生じたというのが、現代科学において最も有力な学説でありましょうか。諸説は無論、いくらでもあるものの、多くの科学的な仮説はチャールズ・ダーウィンの進化論に基づき、単純な原始的な生命の中からより複雑な生命が進化することを予想しています。ただしパンスペルミアの仮説のように、他の天体で発生した微生物の芽胞が隕石にのって飛来したという手のものも有力視されているとか。個人的な願望が入りまくった意見で申し訳ないのですが、地球人のひとりとしては、地球で生命が発生したというほうが、よりロマンです。無論、生命は決して自然には誕まれないという説があったとしてもかまわないし、もし誰かの手のひらのなかで踊らされている、ようするに造物主のキマグレ的実験により、どの惑星にも生命の始まりが送り込まれていたとかいうのもありだとは思うけど、ぶっちゃけ、地球型恒星なら生命が発生しうると考えた方が浪漫チックだし。なにより、私は、生命は誕まれたかったから誕まれたんだと思いたいし、進化は種が望んだから起こったのだと思いたいのです。
ともあれ、ここでは、自己修復する細胞が誕生したのは数億年前の地球という当時の定説に乗っ取り話を進めます。
でもって、恐竜が絶命したのが6500万年前。
私たちの直系の共通祖先からテナガザルが分岐したのが約2000万年前。
さらにオランウータンとゴリラが相次いで誕生し、続いてアフリカでヒトが700万年前に分岐。
さらにピグミーチンパンジーが続き、コモンチンパンジーが誕生したあとは、まだ新たな類人猿は現れていません。
仮に地球の生誕が46億年前だとして、700万年前っていうのはわずか1/657。一日に例えると生後2分の新生児。
ところがこの、ヒトっていうのが問題で、彼(彼女)が本当の意味での人間性を身につけたクロマニヨンに進化するまでまだまだ時間がかかって、なんと今からやっとおよそ5万年ほどの昔に突如としてはびこり、あっと言う間に他のヒト族を絶滅させちゃうのでありました。
というわけで現生人類であるところのクロマニヨンが誕生したのは23時59分59秒をちょっと過ぎたあたりです。
実際のところクロマニヨンは、15万年ほど前にネアンデルタールや謎のアジア人などとともに出現したホモ・サピエンスの子孫というのが定説ですが、才能を急激に開花させたのが5~6万年前と思ってください。そこで遺伝子に何だかの変化が顕れたのか、単に何だかの事象が引き金になって才能が開花したのかは私には想像がつきませんが。
さて、地球が誕生してから連綿と書き込まれてきた進化の樹形図に私たちが登場してから、まだほんのわずかな時間しか経っていないことになるのですが、ぶっちゃけチンパンジーやらゴリラやらとほとんど変わらない能力しかもっていなかったヒトという生物と比較すると圧倒的な能力を身につけていたため、私たちは、あっと言う間に世界の支配者にのし上がることができたのです。

二足歩行はできても、多少の言語は使えても、まだ石で物を叩くくらいのことしか発明できなかったヒトに、それまで、やったらデカイだけで使い方すらわきまえてなかった脳味噌をフル回転するために必要だった因子を強烈に備えた新たなるヒトが誕生したために、地球の歴史は大きく動きます。

クロマニヨンが台頭する少し以前に、やはりアフリカからユーラシア全域くらいまで進出していたネアンデルタールというヒトがいたのですが、彼らは火をつかうことくらいしか発明できなかったので、あっと言う間にクロマニヨンによって絶滅させられてしまうのでありました。

さて、私たちの始祖であるクロマニヨンですが、クロマニヨン以外のヒトとどこが違ったのでしょう?
著者はその最たる優位性に、ネアンデルタールの寿命である40歳に対してクロマニヨンは60歳であったということをまず述べています。
そして生物学的な変化として、女性の閉経の進化を挙げています。
これは後の章で詳細が明らかになるのですが、♀が閉経する生物はクロマニヨン(現生人類)だけなのです。

【第2部 奇妙なライフサイクルを持った動物】

さて、脳が大きくなり、直立二足歩行をするようになったため、手で作業をすることが出来るようになり、文明を築きあげる素養は身につけたヒトでしたが、結局は長い間、宝の持ち腐れ状態でした。クロマニヨンより脳容積が大きいネアンデルタールが、結局は何も発明しないまま滅んでしまうわけですし、また、ジャワ原人や北京原人も含め私たちは彼らの血を引いているのかという疑問に対し、著者は、一貫して無かったのではないかという姿勢を貫くものの、あったというならあったのだろう的に括っている部分に対して言わせてもらえば、私は著者寄り。たしかにクロマニヨンと他のヒトはよく似た生物だとは思うけど、交配不能な種の隔たりがあったんじゃないかなと思います。無論、私は学者じゃないので個人的な感想として。私はクロマニヨン意外のヒトと呼ばれる種は、実はヒトとは似て否なる動物だったんじゃないかなと。

さておき、他の動物ではあり得ないヒトのもつライフサイクルの特異点のうち類人猿と共通するものはというと、一度に一匹の子しか産まないこと・極端に長い寿命が挙げられます。
また、類人猿とも大きく異なるヒトの特徴としては、離乳が終わってからも赤ん坊は餌を一人で獲れない・父親が子育てに関与する・女性に閉塞がある・排卵期を本人が知覚できない・異常に長いペニスなどが挙げられます。

【第3章 ヒトの性行動の進化】

さて、冒頭でいきなり5つの問題が読者に提示されます。
1 ヒトの男性のペニスが巨大なのはなぜ?
2 女性より男性のからだが大きいのはなぜ?
3 ヒトの男性はチンパンジーより小さい精巣をもつのはなぜ?
4 ヒトだけが人前でセックスしないのはなぜ?
5 ヒトの女性が、他のすべての哺乳類の♀のように、妊娠可能の時期が一目でわかり、そのときだけセックスをするということがないのはなぜ?

著者はミゴトに逃げました。そこそこ学説を紹介し、著者なりの意見を付け加える程度でお茶を濁します。
ぶっちゃけ、ダメじゃんと思います。
はたして人間を特徴付けてる特異点の多くが性的なことに大きくかかわっているのですが、この点をきっちり説明できないところに、この論文の唯一の弱さがあります。性的なこと以外への踏み込みは非常に強く、無理押しでもこじつけでも攻めまくってくれているだけに、自分なりの信念をもって意見して欲しかったなと思います。無論、絶対に正しいという答えがある類の問題ではないとしてもです。

以下、自分なりの回答ですので、興味のある方だけどうぞ。無論、皆様も個々で考えてみてくださればなお幸いです。

解答を覗いてみる

無論、本書でも語っている通り、あらゆる生物は進化し続けるのですから、今後ヒトの性がどう変化してゆくのかはまったくわかりません。少なくともダーウィンは自然淘汰により進化は促されるとおっしゃっているワケですし、だから15万年の間にヒトが能力を発揮するために相応しいものは残り、不要だった部分は廃れてきてるはずなのです。

ヒトは表向きには一夫一妻ですが、これはあくまでも現代社会が押しつけた法律やモラルのせいで、実は一夫多妻や一妻多夫の時代や地域も存在します。日本でも重婚は禁止されていますが、結婚は出来なくてもニ夫二妻な生活をずっと続けてる友人も私にはいますし、女同士や男同士で暮らしてる友人もたくさんいます。女同士だっていろいろあって、百合夫婦やら、一方が性同一性嗜好だったり。人間は自由なんだから、自分にいちばん合った相手をみつければいいだけのハナシ。

ところでこの章では男性が子育てに関与することや女性の閉経についても語られるのですが、それは人間の子育てが他の動物たちに比べてあまりにも重労働なためであるという、たぶん皆様もよくご存じであるとは思うけど、これこそが人間のライフサイクルをつくりだし、それほどの重労働にもかかわらず一生のパートナーを選ぶことによって、報われるシステムという、物凄く単純に重要なことが書いてあります。
ともあれ結婚はとても大切なイベントですので、結婚半年で「失敗した」なんて泣かないように、毎日何回セックスしても一生飽きないどころか、すればするほどますます好きになるくらいのパートナーを見つけてくださいましね。

【第4章 浮気の科学】

生理学者であり鳥類学者でもある著者らしく、鳥の浮気方法などの観測もまじえて綴っているのですが、やっぱり人間の性方面の話題になると、どうもとんちんかんになってしまいがち。ようするにセックスにまでモラリストな立場をとってしまうので、一般論の範疇から抜け出すことができず、膨らみがありません。もっとご自分の体験談とかまじえて欲しいのですが…。まあ性愛学者ではないので致し方ないところとはいえ、事例もあまりに偏りすぎててちょっといただけません。実際に訪れている国のことや自国の事例も取り上げているというのに、インタビューすらとってないのですから説得力に乏しいです。それに比べると鳥の部分は専門だけあって過不足ありません。
ともあれ、本質的な部分で、人間は動物とまったく変わらないということが書かれています。
このへんのところは、実は訳者サマの方がステキなものを書かれていたりします。

【第5章 どうやってセックスの相手を見つけるか?】

激しい思い違いと無理目なこじつけで書かれている部分が多すぎて、タイトル倒れ。
まあ、この辺は専門外なので致し方ないですが、一つだけおもしろい実験レポートがありました。
妻と夫の相関関係を調べたレポートなのですが、係数が完全に一致すると1で真逆が-1。結果は、宗教(0.9)性格的特徴(0.4)肉体的特徴(0.2)となっています。
宗教が最高値なのは当然で、思想的なものが異なると不幸になるのは目に見えてますし、性格的なものがかなり高いというのは、納得というより微妙でした。
ぶっちゃけ、性的嗜好が抜け落ちてては意味がないような気がするのですが…。性格のところに含まれちゃってるのかもですが、性格と性嗜好はあくまで別物だと思うのです。

【第6章 性淘汰と人種の起源】

髪の色や瞳の色、体毛の量、ペニスの太さと角度、乳房や乳首の大きさ、大陰唇やおしりの形など、いわゆる人種(死後)を特徴づけているヒトの見かけが、自然淘汰ではなく性淘汰によってもたらされたんじゃないかということを動物界の事例などもまじえ解説します。
かいつまんで言うと、身体的特徴は、必要に応じてではなく、それぞれの好みによって分岐したということです。
ちなみに私は黄色人種か小麦色人種が、外見上いちばん好みです。特に、日本人・韓国人・朝鮮人・漢民族・アカ族・リス族・モン族・チベット族あたりとか、ヌーリスタン人やらカフィリスタン人やら、アラブ系やマレー系と中国系の混血とか、でもって、一見華奢だけどよく引き締まったカモシカみたいな脚をしてて筋肉質な二の腕とやや広めな肩幅と大きすぎないお椀型のオッパイとズルムケなクリとマックロクロスケな陰唇とだらしない陰毛とまんまるなシリとヤラシイケツマンコと短すぎない首と一重瞼とゲジ眉とデッケー口とやや薄めの唇と愛嬌のある鼻があればストライク♪
ともあれ、自分たちの好みが外見上に現れたというお話です。

【第7章 なぜ年をとって死ぬのか?】

なぜヒトに、いきなり20歳も長く生きられる種が誕生したのでしょうか?
無論、それは医学もほとんど無いに等しい当時のネアンデルタールとクロマニヨンの対比としてのそれです。
ほとんど同じ時代に出現したにもかかわらず、2種のヒトの明暗がこりほどはっきり分かれてしまったワケ。
実際のところ、ネアンデルタールに芸術や大発明が産まれなかったのかどうかはわかりません。
産まれなかったのかもしれませんし、産まれていたのかもしれません。
ただ、個として産まれていたとしても、伝わらなかった可能性もあります。
人間は、発明を他人に話したり、記録に残したりすることで、それを全体に広めることが可能ですが、集団も小さく寿命も短いと個人の発見や発明が全体に伝わる前に消えてしまう可能性が高いからです。
無論、言語体系の問題やら、エピソード記憶としての事象の保存法の確立やら、それ以外にも理由はあったのかもしれませんが、私たちの子孫が圧倒的な支配力を身につけることができたのは、著者の言われるとおり長寿の恩恵であった可能性は極めて高いと思われます。
現代では日本のように平均寿命が80歳を越える国まで出現していますが、私がかつて訪れたことがあるスラウェシ島に住む部族やタイ・ミャンマーの国境近くに住む部族などでは40歳も生きられない方々が多かったですし、見た目はおばあさんみたいな方が実は20代前半だったとか、厳しい生活環境で生きている人々の加齢速度に驚かされたことも多かったです。
ともあれ、細胞の修復力が弱くなってくるとヒトは徐々に加齢し、女性の閉経や男性の精力減退とともに急激に老化してゆきます。
私は45歳を過ぎた頃からはっきりと自覚できるほど急激に老化がおこりましたが、考えてみればその年齢より低い平均寿命の国もあるわけですから、とても恵まれていることなのかもしれません。
ほとんどの動物にとって閉経は死を意味しますが、人間だけは老後を楽しむように造られているようです。無論、それは最後にもうけた子が成人するのを助けるという本来の意味をも含めたところでのそれですが。
あるゆる生物が免れようのない死。
ヒトはいつか不老さえも手にすることができるのでしょうか?
私たちクロマニヨンが他のヒト族を駆逐して単一種として繁栄してから、ヒトにはまだ新しい分岐は起きていません。
それが産まれるとしたら、それはヒトからでしょうか。それともチンプやゴリラから分岐するのでしょうか?
いずれにしても人間はまだ産まれたばかりの子供で、ゆるやかに進化している過程なようです。

【第3部 特別の人間らしさ】

第2部までで人間のもつ特異性と、他の動物たちの共通点を解剖してきた著者ですが、脳が大きく直立姿勢をとり閉経が起こるという特異性を活かし、複雑な言語によるコミュニケーション・文字による世代を超えた伝達・衣服の着用により性を使い分けること、道具を造ることによる生活様式そのものの変化・思想的芸術性の獲得など、他の動物には見られない独自のライフスタイルを紹介し、ついに本題に入ります。
ここでは人間のもつダークサイドな性質が紹介されることになります。それはジェノサイド嗜好・拷問好き・有毒物質中毒嗜好・何千という他の種を絶滅させた環境破壊者という、人間にしか出来ないダークな一面です。

【第8章 ヒトの言語への橋渡し】

ヒトの言語の発展と動物の言語について触れてます。
自国語以外の異なる言語体系にある語学を2つ以上フィールドワークした経験のある方にはかなり物足りない内容かもしれないけど、頁数の割にはギュウギュウ詰めの優良物件。
とくに人間の脳の特性から視た言語習得への道のりのくだりが大変興味深かったです。
少なくともつい先日まで原始的な生活を営んでいたニューギニアの人々の言語が複雑な言語体系をもっているということに対応し、言語の複雑さと社会の複雑さにはなんの相関もないと結んでいるけど、ミッシングリングすらない古代言語を紐解くことの困難は如何ともし難いですね。
無論推測だけど、私は古代言語には名詞しかなかったんじゃないかなと思います。
動詞や形容詞を手に入れたのはかなり後で、副詞を手にしてからは一気だったんじゃないかなと。

【第9章 芸術の起源】

ヒトの芸術と動物の芸術について触れてます。
ゾウやチンプが絵を描くことは、ヒトがもつ芸術性と等しいと思います。
アズマヤドリのプロポーズなあずまや造りは、芸術であると同時に哲学なんじゃないかなと。それを他者へ見せるという行為によって、芸術は思想的あるいは哲学的な意味をもつものに転換されると個人的には考えています。彼らは自らのアイデンティティーを証明するために、創作しているのではないでしょうか?
無論、それは芸術であると同時にファッションでもあり、自己表現手段の一形態でありましょうが。

まったくもって余談ではありますが、成コミは日本が誇れる素晴らしい芸術であるとともに、それを発表することは作家の哲学や思想をもさらしめるものだと。また発表する媒体が商品であるなら、それは商業・同人の如何にかかわらず、読み手市場を意識したものが付加されることは当然なことです。
誰にも見せない自分だけのために創りあげたものが芸術であり、それを発表するという行為は思想であり、お金をいただくというところでサービス業となりますが、描かれたもののなかから芸術が消えるわけでは断じてありません。
ゾウやチンプの芸術は、ピュアに芸術なんですね。
とても素晴らしいのですが、私にはアズマヤドリが求婚活動のために芸術で哲学するのがステキすぎました♪
お金以上の見返りを期待しているという時点で、もはやサービス業をも通り越して幸福還元思想してるのですが。
勝負上着なセカイデス♪

【第10章 農業がもたらした明と暗】

このあたりから徐々に人間のもつダークサイドを突き詰める方向性になってゆきます。
いわゆる人類のあけぼのである農業が登場します。
いままで狩猟採集民であった私たちの生活は大きく変化します。
より少ない労働でより多くの食料を得る有効な手段を発見した私たちに余暇が産まれます。
ちなみに農業を発明したのはおよそ1万年前のことで、近東がルーツであったそうです。
それは年間1キロというゆるやかな速度でヨーロッパに伝わり、ギリシャに到着したのが紀元前6000年。イギリスとスカンジナビアで紀元前3500年。ネイティブアメリカンに至っては19世紀に至ってもまだ狩猟採集民でした。
食料を常備できるようになった恩恵で急速に人口が増加しました。
家族単位の小さな集落から大集団による定住生活に移行し、同時に弊害も多く発生しました。
栄養失調・伝染病・階級差別・女性の健康状態の悪化などが大きな弊害として残りました。
階級による差別が産まれたことも最悪だと思いますが、女性が男性と同じ仕事量を要求されたことは、ほとんど悪魔な政策でしょう。現在でも山岳地帯の少数民族の女性は男性同様な重労働を要求されることがあり、結果として、老化が男性より著しく早くなる傾向にあります。ただでさえ構造上男性より体力が低く、妊娠という偉業を担っているため消耗も激しい、女性のからだは生理学的に重労働に向かないということが判るのは近年になってからですが、男女平等がうたわれる現代社会の風潮を盾にとって、無理な労働を強いる類の一部の企業方針には、やりきれないものがあります。
それとして、男性用経口避妊薬は一日も早く完成させて欲しいですね。
さて、農業による定住化と集落の拡大は、のちにさらなる地球規模の悲劇を引き起こすことになるのですが、なぜそうなったかは環境問題が叫ばれる昨今では誰もがよく理解していることでしょう。

【第11章 なぜタバコを吸い、酒を呑み、危険な薬物を使うのか?】

アルコール・タバコ・コカイン・ヘロインという、人類に蔓延する四大悪徳薬物を挙げて、得意の動物学も事例にまじえおもしろおかしく語ってはくれているけど、人間方面の事例は寒いくらい少なく、ほとんど借りてきた知識からモラリストとしての立場を貫くための辻褄合わせ的弁論に回帰してしまっているのがとてももどかしいですね。
著者はよく人体実験ができない類の問題に対して「やれればいいんだけど」と言われてますが、これなら自分の肉体で試すことも可能じゃないですか。学者ならせめて1週間でも自分で実験して欲しかったです。
社会通念の範疇のみではやはり物足りませんが、実話的な部分はそこそこおもしろかったです。
個々の薬物の毒性と、精神依存度と肉体依存度くらいはおさえて欲しかった…。
ちなみに私は十代でほとんどあらゆるドラッグに手を染めてしまった常習者ですが、昨年12月7日をもって禁酒してしまいましたので、現在は喫煙とコーヒーだけが最後のドラッグということになります。
ぶっちゃけ、辞める気はさらさらございませんし、毒を好む人間も存在するということを著者はまったく理解してません。
多くをファッションで割り切ってしまわれると、なんとも…。
浮気問題などのところでも強く感じたのですが、人間の悪癖として取り上げているわりには扱いは極めて小さく、踏み込みが弱いのは、ジェノサイドや環境破壊の問題に比べると、これらが個人的範囲の崩壊にしか繋がらないからという著者の訴えたい方向性の図式がきっちりできあがりすぎてしまっていて、人間考察的な総合論としては若干の弱さも否めません。

【第12章 星は幾千あれど我らは独りぼっち】

はたしてこの宇宙でヒトと呼べる生物は地球以外にも存在するかという大いなる疑問について、得意の鳥類学からキツツキを事例にして考察されているのですが、ぶっちゃけこれは、いかに人類が誕生した確率が奇蹟に近かったかというてことを、きっちりと結論づけられていてミゴトと言うしかありません♪
「星でひしめきあったこの宇宙に一人ぼっちでいるようです。ありがたいことに!」
と、著者お得意の皮肉で〆ているのもステキです。
これは無論、ヒトという生き物が思いっきり排他的で、自分と違った類似品を見ると恐怖し、暴力し、皆殺しにしなけりゃ気が済まない生き物であるという著者の学説によるところから、常に導き出されている解のひとつなのですが、それらが悪徳であるというわりには、著者自身も歴史のなかで定められてきたモラルから抜け出せないところからの視点になっているところが、たいへん興味深いところです。
私は見たこともないものは肯定も否定もしないたちなんですが、ともあれ、星の住人はたくさん存在するんじゃないかなと期待しています。
無論、著者がおっしゃられるとおり、ヒトがヒトであるための要素が強い排他性にあるとすれば、異星人との遭遇の瞬間=人類の滅亡という図式も、相当に高い可能性で起きうることでありましょう。「わたしたちはわかりあえる」なぞとモラリストぶる学者様ほど、「いや、あなたの理論は間違っている」なぞと異なる意見を認めたがらないという、まさに排他主義万々歳な人間らしさを、はたして私たちは棄てきることができるのでありましょうか。

【第4部 世界の征服者】

ほとんどの動物は地球上の一部の地域にしか住んでませんが、ヒトだけは文字通り世界中に広がり、拡大できる領土は深海と宇宙くらいしかもうほとんど残っていません。
かつてヒトはアフリカの温暖な非森林地域という限られた分布域にしか生息しない典型的な哺乳類でしたが、現在ではヒトが領土にしなかった地域を見つけ出すことの方が困難になっています。
この部では、領土を拡大しながら築きあげてきた偉大なる人類帝國の、ジェノサイドな歴史を振り返ります。
単に排他的であるとか暴力好きであるというだけなら私たち人類も類人猿なお仲間たちも大差はありませんし、ごく一部の動物は人間なみに陰湿だったりもしますが、ジェノサイドを行える資質は人間だけに許された専売特許であり、ネアンデルタールでさえ、そんな才能はもっていなかったという点で、私たちクロマニヨンがどれだけ特異な能力を身につけているかという、おぞましい考察が延々と続きます。

【第13章 最後の初対面】

1938年8月4日、人類史におけるひとつの長い段階の終焉前夜祭。
アメリカの探検隊によって西ニューギニアの大峡谷に住んでいた5万人ものパプア人が発見された瞬間です。
なぜそれが人類史にとって大きな出来事だったのでしょう?
それは、有史以来、文明に晒されることなく孤立していた大集団が、私たち人類の進化を読みとるうえで貴重なサンプルケースだったからに他なりません。
これによって言語が民族固有のものではないことは明らかになりましたし、同じ種の人間が別れて交流しないでいると言語はまったく異なるものになってしのうという、まさに人類学的おけぼの。
4万年ほど世間から隔離されていた彼らの風習には自己切断や食人やら同性愛なども見られましたが、強い弾圧により現在ではほとんど見ることができません。
もっともそんなことは鎖国が終わった日本の歴史を知っている皆様には、簡単に理解できることと思いますが。
世界の現状をリアルタイムで知ることができる現代では、独特の文化や風習は廃れ、常に平均的なところに落ち着こうとする力が働いていることは間違いなさそうです。
無論、オリジナリティーを遺そうという運動はどこにでもありますが、蟷螂の斧。

【第14章 たまたま征服者になった人々】

ヨーロッパ人がオーストラリアやアメリカの先住民を大虐殺して居住区を乗っ取ったことから始まるこの章では、大陸間の文明水準の差異は人類の遺伝によるものではなく、地理が文化的特徴に影響を与えるためだったということが語られます。
この二つの大陸の大きな特徴は、家畜化できる動物がほとんどいなかったこととと栽培可能な穀物に恵まれなかったことで、ゆえに彼らはいつまで経っても狩猟採取民であったと。
なかなかじっくりと読ませてくれます。

【第15章 ホース(馬)、ヒッタイト語、そしてヒストリー】

印欧基語から派生した言語を比較し、歴史を紐解くことでルーツを探り出そうという試みです。
比較言語学が好みの方には物足りないと思いますが、そこから導き出される解にたどり着く過程での考察に、見るべきものが多いです。
最後は、馬の家畜化が人類にとってどれだけ大きかったか簡単に説いて終わりますが、無論それらはのちに語られるジェノサイドと環境破壊への皮肉です。

【第16章 「クロ」と「シロ」とで……】

オーストラリア入植者による原住民狩りのおぞましい記録です。
タスマニア島民の全滅作戦の成功と大陸部アボリジニへの全滅作戦の不成功が書かれています。
私たち人類という生き物が、どれだけ排他的で利己的な生き物か、とても解りやすく説明されています。
さらにネイティブアメリカンへの全滅作戦を展開したアメリカ人の狂気も垂れ流します。
歴史上のジェノサイドもご紹介。
ジェノサイドに関する他国民の無関心とか。手を差し延べようとして心が麻痺してしまうセラフィストとか。結びの部分で自分の友人であるニューギニア人の告白を聞く著書の恐怖が生々しいです。
憎しみの連鎖のおぞましさを思い知らされます。
人間って、本当に他人が嫌いなんだなと、はっきり伝わってきて、ミゴトというしかありません。
宗教・思想・人種・風習・嗜好など、私たちはあらゆる面で自分が気にくわないものを排除したり弾圧したり警告したりしたがりますが、著者の熱弁を傾聴しているとますます、人類同士が手をつなぎ合う時代ははるか彼方なんだなと思い知らされました。
この世界に、人を嫌わずに死ぬまで生きてゆける人間がいったいどのくらい存在するのでしょうか?
たしかに人類は醜い生き物かもしれませんが、すべてを含めて人間は人間なんだと思います。
それでも私は、いつかきっと人の心から他者への憎しみが消え、自分と明らかに異なる思想や文化や容姿をも受け容れ、手を取り合って生きられる時代が必ず来ると信じています。
ともあれこの章は49頁の分厚さで、他にもいろいろと素晴らしいことがたくさん書いてあるのですが、コモンチンパンジーの観察による集団への暴行殺害のレポートはそれだけでも素晴らしい出来で、これを見るにつけつくづく、人間はチンプに自分本位なモラルという名の大義名分を付け加えただけのちょっぴり知能指数の高い動物なんだなと思わずにはいられないのでした。

【第5部 一夜にしてふいになる進歩】

おもに環境破壊と地球との共棲手段が語られる最終部です。

【第17章 黄金時代の幻想】

狩り場にいる動物を狩り尽くしてしまったため、多くの種を絶滅に至らしめたマオリ人と防衛本能が進化する前にネズミに食い尽くされてしまった動物類のお話やら、他にもいくつかの身につまされる事例がてんこ盛りです。これは自然界のバランスが人類の移動によって大きく崩れるという教本ですね。宅地造成するだけでその地域の連鎖系は大きなダメージを受けるわけですから、人間が文化的な生活を営みたいと願えば願うほど、どうしたってバランスは崩れてしまいます。現代社会に産まれた人間が、明日から原始時代の生活をしようとは絶対に思わないと、個人的には思いますし。
イースター島の悲劇は、悲劇を通り越して喜劇にさえ感じられます。
でもそれぞれの時代を生きていた人たちは絶対に真剣だったと思うのですよ。
人間って、知能指数が高いだけでとってもバカだと思うけど、私はそんな人間が大好きな大バカです。
著者は人間が冒している行為について常に理解しがたいという観点からとらえていますが、先ず最初に理解することから始めないと、いちばんの問題は絶対に解決しないんじゃないかな、と。
他にも強引な農業や過放牧により砂漠化して衰退したかつての文明のことやら、読み応え抜群の内容でありました。
最後をオジマンディアスで〆てるあたりも、著者らしくてステキです。

【第18章 新世界での電撃作戦と感謝の祈り】

アメリカは、新世界発見の劇的な記念を祝うために『コロンブスの日』と『感謝祭』を割り当てるけどインディアン(ネイティブアメリカン)の発見を祝う日はない、というところから始まります。
彼らがマンモスをはじめとして多くの大型獣を絶滅させたということを力説してくださいますが、理論的にはちょっと弱いかも。
ただし、そう思い込みたいという著者のロマンはよくわかります。

【第19章 第二の雲】

核兵器と環境破壊という二つの自滅プログラムな観点から語ります。
といっても、核に対してはホンのちょっぴりなので物足りないです。
なんだかんだいって日本に核がある可能性は捨てきれないし。
憲法もいい加減になんとかしなくちゃですよ。
本当に日本人は、いざとなったらアメリカが守ってくれると信じてるのでしょうか?
私がもしアメリカ人で、アメリカと日本が同時に攻撃を受けたら、間違いなく国内への対処を優先するけど。だってね、もし物凄く大切な友人がピンチだとしても、自分の嫁がピンチだったら動けませんよ、私は。
ほかにも細菌兵器や生物兵器の話も付け加えるべぎなんじゃなかったのかなとかいろいろ。
環境破壊についてはさすがに専門家だけあって鳥類を前に出して力説してくださいます。

【エピローグ 何も学ばれることなく、すべては忘れられるのか?】

現状に危機感をもって欲しいということを強く訴えて結びます。
この本がいちばん素晴らしいのは、読み手がマジメに読む限りにおいて、自分たちがいかに恐ろしい遺伝子をもっているかと再認識できる点です。
ただし一点の不満は、著者自身が人間が築きあげた歴史上の通過点に過ぎない現代社会の平均値としてのモラルに縛られていること。地球レベルの立場からのモラルで書いて欲しかったというのが本音です。商業的には無謀であったとしてもです。だってね、自分が動物の立場だったら、あるいは自分よりあらゆる意味で優れた種に遭遇した立場だったら、やっぱり動物園の檻に入れられて見世物にされるのは嫌だし、さあ繁殖しろなぞとセックスさせられねのも御免被りたいから。実験材料として扱われるのも耐えられないと思います。そいえば最近読んだ猫漫画に、発情してうるさいからってキンタマ奪られちゃう猫の話があったのですが、猫に生まれてこなくてホントに好かったです。人間って本当に傲慢なんですね…。
この本はとても古いため、一部の学説はすでに主流じゃなくなってしまっているものもありますし、一つ一つのテーマとしては専門的なところまで踏み込めていないものも多いです。
ただし、『私たちはどこから来て、どこへ行こうとしているのか?』という、まさに有史以来のテーマへの踏み込みはほとんど完璧にこなせていますので、興味のある方はぜひご一読を。
自然科学としての読み物としてだけならこれより優れた本も滅茶多いですが、人類の特異点を社会学的な側面から解剖した本としては相当に優れていると思うのです。
訳者である長谷川夫妻が口語調で訳してくれたのも心地よいし。
ぶっちゃけ、著者の作品で学術的にとかエンタメ的にとかいうのでしたら他の本の方が単純に優れていると思いますが、私は著者の全作品中、この本がダントツで大好きです。
おもしろい本が好きです。知識を与えてくれる本が好きです。でもやっぱり私は、何かを考えさせてくれる本がいちばん大好きなようです。
この本を読むと、さらにいろいろな本を読みたくなるのが困りモンなんですけどね。

【結論なき結論】

さてこの本を久々に読み返して、自分なりに再確認できたことからの、単純な感想として、

人間はどうしようもないくらい腐った種ではあるけど、やっぱり私は人間が好きで、人間に生まれてきたことをまったく後悔していないということ。

さて私たちが今後たどるべき道って、どっちが正しいと思いますか?

1 人間は人間らしく人間として生きるべきだ。遺伝子に逆らってまで生きるべきじゃない。その結果として世界を滅ぼしたとしても構わないはずだ。

2 自分が犠牲にならない程度の譲歩は必要だと思う。ある程度は歩み寄って、多少は遺伝子に逆らってでも、私たち人間の価値観を損なわない範囲で地球と仲良く付き合ってゆくべきだ。

3 人間は人間らしさを捨てるべきだ。遺伝子と完全に決別しても、地球本位に生きるべきだ。その結果として、異なる生物に進化したとしても構わないはずだ。


たぶんほとんど全員の方が2を選択されるんじゃないかなと思います。そしてそれは著者の希望にもっとも近いものだと思います。
ちなみに私は3です。無理なら1です。というより寧ろ4。人間が絶滅しても地球を優先することを本心は望んでます。1でもいいんですけどね。核で他の生物まで巻き添えにするのは絶対に避けて欲しいです。とはいっても、私だってむざむざ死にたいわけじゃないので、それは最終的な選択としてのそれです。

さて、第3次精神文明まで人類はたどり着けるのでしょうか。


とまあ、こんなカンジで本を一冊紹介させていただきましたが、ちょっとだけ言い残しちゃったことがあるのでもう少しだけオツキアイくださいませ。
実はこの本の訳者様である長谷川眞理子氏のほかの本にちょっとおもしろいものがありまして、チンプのようにもし人間に体毛がいっぱいあったら、もしかしたら全然別の生き物になってたんじゃないかと思うと、なるほどネアンデルタールはもしかしたらチンプにかなり近いヒトだったのかなと。
そう考えてみると、どうしても、じゃあどうして私たちはクロマニヨンに進化しなけりゃならなかったのかというところにたどり着くワケなんですが、成コミを読めるからと括りたい個人的願望を抜きにすれば必然的に、チンプとの差異から考察するのがいちばん手っ取り早いと思うのですが、私たち人間だけができることって何でしょう?
ジェノサイドができる。
惑星単位の環境破壊ができる。
世界情勢を瞬く間に把握できる。
記録を残し研究を未来に引き継ぐことができる。
たぶん大きいところではこんなところじゃないでしょうか。
無論、私たちが発展させてきた文明社会の恩恵として、芸術や文学やスポーツをはじめとして多くの文化的副産物を楽しめるとか、細かいことならいくらでも挙げられるのですが。
まあ、これは私が勝手に描いてる理想ですが、人類は遺伝子の支配から抜け出すことのできる地球上で唯一の種であるというところから、

もうそろそろいいかげんに、人間本位のモラルから脱皮してもいいんじゃないかと。

弱肉強食は自然界の掟ですが、人間だけはそれに逆らうことが可能だと思うのです。

人間本位のモラルを棄て、地球本位のモラルを選択することは、人間にとって必ずしも楽なことではありませんし、それどころか私たちが築きあげてきた文明がもたらす多くの副産物や、便利さとか快適さとかいう恩恵さえ失うことになるのですが。
まあ、あまりにも極論ですし、明日明後日に実現可能なことではありませんが、まずはとりあえず身近なところからでも出来ることをやってみてはどうでしょう。
少なくとも私はモラリストじゃありませんし、ましてヒューマニストなんかじゃあり得ないのですが、それでも出来ることはたくさんあると思うのです。
人間を人間たらしめている最大の悪癖は排他主義だと思うのですが、それは他の動物たちだって少なからずもっている遺伝子で、だけど人間だけは自らその遺伝子に逆らうことが可能だと思うのです。
自分と異なるものを認めるという、とても単純なことなんだけど、できそうでできないから、世界から憎しみは消えないし、戦争だってなくならないんじゃないかな。
それとして、私はたぶんとても変な生き物なんだと思います。善悪の基準がそれぞれの時代のそれぞれの個々によって常に変動しているものであることは自明の理ではありますが、実を言えば、善悪というのは本当の意味では存在しないと頑なに信じているのです。時代や社会が要求するところの二元法としてのそれこそが、常に災いのもととなり争いを産む元凶なんじゃないかなと。
この世にはたったひとつの法があれば事足りると頑なに信じております。

汝、忌むべからず、と。

異なる思想を嫌う、異なる宗教を嫌う、異なる人種を嫌う、異なる性別を嫌う、異なる生物を嫌う。
あらゆる異なるものをもし受け入れることができるとしたなら。
それは残念ながら今のところ人類にしか達成不可能な領域です。
私たちは世界を早めに滅ぼすこともできますし、世界となんとか折り合いをつけて滅亡を多少先送りにすることもできますし、世界と共棲して、地球の寿命のときまでオツキアイすることもまた、できると思うのです。
何れにしてもそれは最初の一歩から。
まず嫌わないことからはじめれば、憎しみも争いも無くなる世界がきっと来るんじゃないかな。
無論、そんな大変なことを皆様に押しつけたいとは思いませんけど、ちょっとだけ心の隅にでも入れて置いてくだされば幸いです。
少なくとも私は、車を利用しながらエコだとか叫ぶことはしたくありませんし、異なる思想を認めない部分が少なからずあるにもかかわらず戦争反対なぞと叫ぶことはしたくありませんし、家畜の肉を食べるくせに動物愛護を叫ぶことはしたくありませんし、差別主義者を差別してるくせに差別反対を叫ぶことはしたくありませんし、必要に応じて嘘だってつきますから嘘が悪いなんて言えませんし、モラリストじゃありませんからモラルを守れなんて言いませんし、ヒューマニストじゃありませんから人間万歳!なんて死んでも言えません。
ぶっちゃけヒューマニズムなんて糞喰らえ!とか思ってますし。
そんなんどーしよーもないヤカラの戯言をマジで読んでくださって本当にありがとうございました。
自分は言葉を紡ぐことがとても苦手というか、いつも言いたいことかいっぱいあるんだけど、自分の言いたいことを端的に表せる言葉が見つからなくてとても難しいんですが、だからこんな紆余曲折とした表現になってしまって甚だ申し訳ないのですが。

最後に、性蔑視的なことをひとつ。

生命が誕生した頃って、実はまだ♂は産まれてなかったのですが、私は♂ですから♂の立場から考えるしかないんですけど、私たち♂は♀に望まれたから誕生したんだと思ってます。それは単に単為生殖から有性生殖に移行したことが、自分たちの細胞の破損データの書き換え上必要だったとかいう類の問題ではなく、♀が♂を欲しがったと思う方がはるかに浪漫だからです。
単純生物ほど♂は精子の提供以外に不要な生き物ですし、精子を提供したらあとは♀の食料として自らを捧げる生き物とか、活動機関部として♀の体内に取り込まれ精子を提供するためだけに融合される生き物とか、多くの生物が精子の提供者としてのみ♂が存在するのに対して高等生物ほど♂のもつ意味あいは強くなり、私たちに近い動物になるほど一夫一婦となり、ついに近親種であるチンプに至っては乱交型となるわけですが、私たち人間の♂は性的に終わりが来てもまだなお♀に捨てられないという特性をもった素晴らしい生き物であるということは、それはそれでやっぱり人間本位な考え方なんだけど、とても浪漫だと思うのです。少なくとも種の保存という観点でみれば、♂1×♀10と♀1×♂10では、どちらが未来に多く子孫を残せるかは、ちょっと考えていただければすぐに解ると思いますが。それなのに私たち人間の男女の比率が限りなく1:1に近いワケ。人間の♀はほかの動物たちの♀に比べて圧倒的に一人の♂を必要とし、愛してくれる生き物なんですよ。♂なんてさほど多くなくても子孫は残せるのにね。これってとってもステキなことだと思うのは私だけなんでしょうか。ホンネを言えば人間万歳って叫びたいんだけど、言いませんって言ったから言いません。でも、人間に生まれてきてとてもシアワセだと思ってる私です。差別はイヤとか思いながら、心の中では性蔑視しまくってる私でした。
当たり前だけど、やっぱりきちんと言っておきます。

私たち♂は♀から産まれてきました。
♀が欲しいと望んだからここにいます。
当たり前だけど、♀の方が♂より百億万倍偉いです。
ちなみに私はフェミニストではありません。

♂と♀は違う生き物だと信じてやまないだけです。

性蔑視とか言うまえに、男と女が同じであるということは、ちっとも浪漫じゃないと思います。
無論、ジェンダーなんて言葉が誤訳されちゃって間違ったままはびこっちゃたことも日本人にとっては大きなマイナス要因ではありますし、『性差』と『性のありよう』では大違いすぎますよね。もともと生物学的な言葉を無理に社会学的な言葉にしちゃった功罪ってかなり大きいと思うのですが、ともあれ。

世界に♂しかいなくても、世界に♀しかいなくても、私たちはすぐに滅べます。

平等はいいです。最終的に、平等になるためには多くのことを失いますが、それはそれでかまわないと思います。でもそのまえに、男は女を、女は男を、理解しようと一歩ずつでも歩み寄るところから始めてみてはどうでしょう?

無論、それは一筋縄ではいかない大変な作業です。自分自身の事でさえ、人はそれほど多く理解してないものですから。それを他人の、ましてや違う染色体をもった生き物のことを完全に理解しようなどいうことは、一朝一夕でできることじゃないと思うのですが。
人は他人によって自己を認識し、自己を認識することで他人を比較することができる類い希な生き物ですが、私たちは生まれたばかりで、まだ脳の中のすべての部品を使いこなせてませんし、遺伝子に書き込まれたほとんどの情報がガラクタレベルにしか運営されてないという事実を鑑みれば、まだまだ進化の過程にある私たちは、いくらでも変われる才能を自らに秘めてると思いたい私です。

ともあれひとつだけ、この恋する惑星に、恋する遺伝子をもって、生まれおちることができた私は、とってもシアワセモノであると、心から思います。

そんなことも踏まえて、ぶっちゃけこの人生で、こと女運には恵まれすぎた私ですが、性嗜好的には完全にSであるというところから、今はもうお星様な性嗜好的にMだった妻の話もまじえていつの日か私的SM論をぶてればいいなあと思っております。

今回もまた長々と私のオナニーに付き合ってくださって本当にありがとうございました♪

あと3ヶ月で50代突入ですが、それでもやっぱり私は真剣に遊ぶのが超大好き。
この歳になってもまだ大バカやっていられるキチガイであるところの自分自身が大好きです。

文責:天然猫肉汁アリス缶詰




以下、拍手コメントへのお礼です。


>黄魔術士様

ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…。
ずいぶんと長々とお返事できずにゴメンナサイ。

>小田ひで次「拡散」はいつ読んでも泣いちゃいます。漫画だからこそ、あのタッチだからこそ表現できる「拡散」は本当に切ない。
 ……レビュー、してくれませんか?(半分冗談です。半分、ね)

いやーマジでゴメンナサイなのですが、できません。『拡散』は、無茶苦茶大好きなので、マジやろーかな?と考えてもみたのですが、成コミのレビューやらマイベストの完成すらもできてない現状では、さすがに難しいです。キモチ的にはスゲー書きたいのですが、
ってか、黄魔術士様やってよ~♪ってカンジ?
でもせっかくリクエストいただいたので、いつか、簡易レビューを極私的ベスト216のところに付け加えさせていただこうかなと。マジでいつになるか、本当にできるのか疑問なんですけど…。スッゲー好きなんで、やりたいことはやりたいです。
臨床心理学的な雑文を、現代社会に潜む闇と拡散する自我みたいなテーマで書くことも一応考えてはいるのですが、時間的に無理目…。
エロ漫画を除けば十指に数えられるほど好きなんで、ちんちん勃たなくなってからでも最悪できるかなあとか。こういうのは自分自身がビョーキでキチガイですから、けっこう書く自信はあるんですよ、エヘヘ(苦笑

追伸:『安部公房は単純にSFとして面白いから好き。』とのことですが、私は『安部公房は単純にSFとして面白いうえに、シュールで焦燥を覆い隠して、見えないところでグチャドロに掻き混ぜ合わせてるから好き。』(爆
でも『壁』はいーよね♪
『飢餓同盟』『けものたちは故郷をめざす』『他人の顔』『砂の女』『燃えつきた地図』あたりも超大好きデス♪
性的な部分は、たぶん私がリアルですでに滅茶素晴らしい女性に巡り逢えてしまったというところと性嗜好的にドSであるというところにカンケイアリかも?

ともあれ、応援コメント本当にありがとうございました♪


>様

お心遣い感謝です♪
カラダはだいじょぶなのですが、あんましがんばってなくてゴメンナサイ…。
ともあれ、コメント本当にありがとうございました。


ほか、コメント無しで拍手してくださいました皆々様方も、本当にありがとうございました♪



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Author:天然猫肉汁アリス缶詰
辞めると宣言しながら、突発的に雑記を書いてしまいましたが、これでお終いです。
今後はコメントおよび拍手コメントへの返礼以外の更新はございませんのでご理解いただきたく存じます。
短い間でしたがご愛読本当にありがとうございました。

天然猫肉汁アリス缶詰敬白

2009/5/22

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